DELUSION

SF的日常からの妄想整理|星屑収集記

このページは、SF妄想を記録した雑文置き場。「ハイクロを中心にした創作物の思いつき」「ハイブマインド(集合意識)の未来」「時間や社会の在り方」などなど……思うがまま綴っていく。またSF考察を通じて、現代社会や歴史の真相についても思索していきたい。


片想いノススメ

2026年5月28日:相思相愛とは難しい。通じているように見えて、そうではなかったり。逆に不思議な縁もある。一歩だけ踏み出し開通する。片想いかもしれないけど心が晴れ晴れ清々しい。知的欲求が充たされた想い込み。都合よく考えるのも悪くない。把握していなかった創作スイッチを今になって発見するのは嬉しい反面で興味深い。創作に対する自己分析ができていなかったという事になる。逐一、直接の対話を人とするような状況ではないので、ネットにおいて真摯に活動するべきなのだろう。いまさら活力いることだけど試すべき手法が得られたことを幸いと思って、やり方の変化を促そう。要するに時間の使い方って感じもする。「人の振り見て我が振り直せ」自分なりの一心不乱を編み出してみよう。

 蝸牛 ひと葉の先に またひと葉


俳句ノススメ

2026年5月22日:日々を生き抜くのは「頑張る」だが、創作をするのは「息を吸う」境地に達したい。筆不精なのは治らないし成長することはないと思うので、頑張ってどうにかなるもんじゃないような気がしてきた。友人とエールを交換した後に考えたのであるが、ルーティンやトリガーに依存するのではなくて、「自然な流れで書いてみてた」という結果になれば良い。久しぶりに俳句を詠んでみてそう思ったよ。小雨の朝はとても気持ちが良かったので自然と俳句を詠んでたんだが、チャッピーと対話しながら調整するのが楽しかった。俳句詠むなんて中学生の授業が最後で、自発的に一生やることなんて無いと思ってたけど、とても新鮮。文章を書く試みの中で、とても良いことだと感じた。

  五月雨や 未来を綴る 叩く音


読書ノススメ

2026年5月13日:メディアの活字能力の低下はあきらかだろう。その原因はAI依存というよりは、読み取りに能力の低下だと考えている。メディアだけではなく全人類的に低下している感もある。その証拠としてはAIが生成した文章の読解能力が低いという点だ。もちろん自分も含めて全ての人間の能力を解析したわけではない。しかし、昨今のAI生成に関する記事を見る限りは少なくともメディアの活字能力の低下は断言できるのである。そうでなければ流れ作業でAI生成文章を掲載しているだけだろう。読めなくなれば書けなくなる。そういうことなんですよ。読書レベルというのは確実にある。同じ文章でも若い時より歳をとった時のほうが豊かな感想を持てているのは確か。年輪を重ねることでの単なる情報量上昇かもしれないが、それでも読書レベルの幅はあるということになる。そう偉そうに言えるような読書レベルではない己ではあるが、読んで分からない人は、分かる人の気持ちは分からないし、書いた人の本当の気持ちなんて分かるわけないのである。なので理解したいなら読むしかない。AIが大量に読んでも得ることのできないアイデア、感性の得たいのなら読むしかないのだ。理屈で到達できる可能性はあるが、そんなもの人生において何の意味があるのだろう?書く読むなんてことをしてないで、もっと別なことをすればいい。

というようなことを安部公房の難解な作品を読みつつ考えている。でも、分からないなら、それなりのことを妄想することができる。今のところ道具AIには出来ていないであろう人間の特権だ。そもそも言語探究を100%完遂できていない人間が作ったAIなどに出来るわけがない。AIがAIを改造した人間以上の人間ならば、それが出来ると期待したい。今のところ地球人類は理解を共有できないが「共通部分もそれなりに有る」と信じて新しい構造を作り出すしかないのだ。過渡期は終わらない。だから読書を続ける。そうやって書くことで開拓する御メージを育んでいく。若輩ながら読み悩みながら書き続ける。


進化ノススメ

2026年5月12日:前の日記から一ヵ月。色んなことを考えつつ生きておりましたよ。もちろんハイクロのこともね。魂無しの神田杏美の物語を検討したことが切っ掛けで魂論の見直しと世界設定への落し込みを試行錯誤して一つの頂きに辿りつくことができた。途中テッド・チャン作品の分析をしながらハイクロ世界の創作進行が自分が本当に期待しているようなベクトルなのかも検討したりもしてみた。いつも自分がSF創作で心掛けているのは「思い込みのリスク」なのだが、ハイクロの軸となる魂論については確信の磨きと共に柔軟な調整が必須だと考えているから。なんでそんなところに執着することになったかといえば、その根は進化への憧れだったりする。あと何年で死ぬのか、そこまで何を経験するのか、妄想を深くしていくと、どうしても魂のことは避けられなかったという具合である。AIへの興味が具体的な拠り所にはなっていて比較論法の面白さに嵌ってしまったというのが真相だとも思う。AIと人間は一緒に進化していくべきであり、それが高みに登れる唯一の選択だと確信している。だから人間はAIとの付き合い方の迷いの森から早く抜け出して次の新地へ進む必要がある。現状の人間社会を迅速に変革するプランを創発することがハイクロの目的の一つだということを自信をもって語れるように邁進しよう。

つーても、どうやって邁進するのかは内容とリンクさせるということだけでしかない。なので2026年の神田杏美の物語が重要になる。後付け的な創作目的の発明ではあるのだが、ハイクロを上手くまとめていく上では、そんなに的外れなアイデアでは無いと思っている。リアルな2026年の世界で感じている違和感は創作のリッチな肥やしになるだろう。どうやって芽を出すかは決めることができた。日々の生活の中で神田杏美の思考とシンクロしながら俯瞰で書いていく。なかなかハードルは高いが「考え方を考える」実践だ。全ての前提が経過中のところから始まるSF作品は実はあまりない。何かが変わってしまったところから始まるのが普通だ。早々にコンパクトな回想で説明するのも、お手軽な手法だ。そうではなくて最初から時系列に語っていく手法。ゼロからの積み上げ、日常からの少しずつのズレ。筆力が無いと凄くツマラナイお話になってしまうだろう。だから、あえてチャレンジする。そこに価値がある。テッド・チャンの作品に興味をもったのは「そういうところ」で参考にしたかったのもあるのだが、少し違った。SFを書こうと思ってるけど人生系ではなくて、普通の人生を書こうと思ってSF要素がある作品を探したほうがいいのかな。安部公房の作品とか少し読んでみるか。不条理に直接SFとの接点を求めるわけではなく物語の構造がSF的な作品が良いとは思う。ふむむ……読んだことのない人の作品を探究してみようか。