「僕と契約して、魔法少女になってよ!」
このサイトの読者で、このセリフを知らない人は少ないだろう。大ヒットアニメ魔法少女まどか☆マギカのキャラクター、キュゥべえのセリフだ。キュゥべえは、ハイブマインドの代表的存在である。ハイブマインドは集合精神とも呼ばれる。集団を構成してひとつの目的のために動く、ハチやアリのようなシステムだ。個性や自我はほとんど失われ、感情の揺らぎもほとんどなくなる。集団を構成する全員で精神を共有するから、他者と接しても無駄な衝突がない。
私たち人間は、個人の利益のために動く生き物だ。ゆえに他者と衝突し、喧嘩や失恋などで感情に振り回される。誰にも本当には理解してもらえないという孤独を抱えながら、ときに生きる意味を失いながら、不安定に生きていく。ハイブマインドではそういった悩みとは無縁になる。みんなでひとつになって生きる、個体としての感情や意志を失った状態。それは自然と、ロボットのように理路整然とした美しい行動を生む。誰かに自分のすべてを理解してほしい、穏やかに暮らしたいと願う人間にとって、ハイブマインドは理想の状態かもしれない。人と分かり合えない苦しみや悲しみがなくなる代わりに、人と分かり合える喜びや楽しみもなくなるだろうけど。
ところで、キュゥべえはハイブマインドの一部として“宇宙の延命”という目的のために動いていた。そのキュゥべえが、一度だけ狼狽したシーンがある。最終話で主人公の願いを聞いたときに声を荒げたのだ。感情の揺らぎがないはずなのになぜだろう? 主人公の願いは、人間を救う代わりに宇宙の延命をおびやかすものだった。個体の意志がないキュゥべえは、宇宙の延命にしか存在意義を持てない。キュゥべえにとって宇宙の延命をおびやかされることは、自分の存在をおびやかされることと同じだったのだ。
ここからわかるのは、ハイブマインドでも生きる意味をおびやかされると穏やかではいられないということだ。個性や自由を差し出せば穏やかな人生が手に入るほど、人生は甘くないらしい。それなら、やっぱり個体として生きたほうがいいかもしれないと思う。人は他者と完全に分かり合えることはなく、苦しみや悲しみは絶えない。それでも個体である限り、また喜びはやってくる。ハイブマインドのような明確な存在意義がない代わりに、自分なりのささやかな幸せを存在意義として生きていく。それを分かり合えないはずの他者の中に見つけられたら、この上ない幸せを味わえるだろう。
孤独を引き受けて個体として生きる者にだけ、その特権が与えられている。
文/ノスタルニコフ
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